エスシタロプラム
エスシタロプラムは、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であり、気分の落ち込みや不安を軽減する作用に優れています。日本では、レクサプロの薬剤名(商品名)で処方されています。
保険適応(日本)
エスシタロプラムは、「うつ病・うつ状態、社会不安障害」に対して保険適応が認められています。
→添付文書(レクサプロ)
禁忌(日本)
・本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
・モノアミン酸化酵素阻害剤を投与中あるいは投与中止後14日間以内の患者
・ピモジドを投与中の患者
・QT延長のある患者(先天性QT延長症候群等)
歴史と作用メカニズム
デンマークで治療薬として承認された後、2002年に米国食品医薬品局(FDA)からうつ病に対する使用が認可されました。細胞外から細胞内へのセロトニン再取り込みを妨げ、細胞外のセロトニン濃度を上昇させるのが主な薬理作用です。SSRIの中でも、セロトニンへの選択性が高いことが知られており、ノルアドレナリンやドーパミンの再取り込みには作用しません。この点は、ノルアドレナリンにも若干の作用を持つパロキセチンとは異なっています。また、ドーパミン受容体(D1,D2受容体)、セロトニン受容体(5-HT1A,5-HT2A,5-HT2C)、ノルアドレナリン受容体(α1、α2、β)受容体、ムスカリン性コリン受容体、GABA受容体、ヒスタミン受容体(H1)などへの作用を持ちません。「純粋なセロトニン再取り込み阻害薬」という表現がしっくりきます。他の抗うつ薬と異なる特徴を挙げるとすれば、エスシタロプラムが持つアロステリック効果です。この効果が加わることで、再取り込み阻害作用が延長すると考えられています。(別の記事にてご説明いたします。)
海外における研究報告および治療薬としての使用
うつ病
欧米でも大うつ病性障害に対して用いられています。10以上のプラセボとの比較試験において有効であることが報告されています。うつ病に伴う強い不安感に対してエスシタロプラムが軽減効果を持つという調査研究や、認知症の有無にかかわらず、老人性うつ病に対しても効果があったとする報告があります。また、再発予防についても調べられており、エスシタロプラムにて改善が見られたうつ病患者(18歳以上)が、改善後も1年間服用を続けた場合、明らかに再発が少なかったとするデータもあります。再発予防のための服薬継続はとても大切です。
社会不安障害(SAD)
アメリカでは認可されていませんが、ヨーロッパでは治療薬として承認されています。
全般性不安障害(GAD)
日本では保険適応が認められていませんが、欧米ではGADの治療薬として認可されています。GADはセロトニンの機能低下と関連しているとみられており、エスシタロプラムによってセロトニン活性が高まることで症状改善につながっている、と推測されています。
強迫性障害(OCD)
日本・アメリカともに治療薬としては認可されていませんが、ヨーロッパでは治療薬として認められています。12カ国の共同研究で、プラセボとエスシタロプラムの治療効果を比較した研究があり、エスシタロプラムが明らかに優れていたと報告されています。ただし、「重症である場合」、「発症してから長期を経過している場合」、「以前に他のSSRIを用いたことがある場合」では、治療への反応が鈍かった点に注意が必要です。
パニック障害
日本では保険適応がなくアメリカでも治療薬として認可されていませんが、プラセボよりも明らかに優れていたとの報告があり、欧州ではパニック障害に使用されています。また、同じSSRIであるパロキセチンは、パニック障害の治療薬として日本でもアメリカでも承認されていますが、エスシタロプラムはパロキセチンと同等の効果を示した、との調査研究もあります。
摂食障害
過食や拒食に対して有効であったとする報告もありますが、否定的な報告も存在します。いずれにせよ、大規模な臨床試験は行われておらず、日米ともに治療薬としては承認されていません。ただし、摂食障害には少なからず、うつ状態などが合併することがおおいため、SSRIを用いることは珍しいことではありません。個人的には、フルボキサミンやエスシタロプラムにて過食症が改善したケースを少なからず経験しています。
主な副作用(日本)
5%以上でみられる副作用として、傾眠(23%)、悪心(21%)、口渇、倦怠感、浮動性めまい、頭痛があります。国内の臨床試験において、QT延長(心電図異常の一種)が0.9%で認められたという報告があり、もともとQT延長がみられる場合は禁忌とされています。
副作用・安全性(海外)
およそ2割前後の患者において、悪心・嘔吐、発汗亢進、口渇、頭痛などがみられたと、報告されています。また、嘔気、下痢、不眠、口渇、射精障害がプラセボよりも多いことを示すデータがあります。
妊婦・産婦・授乳婦への投与
添付文書には、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」「治療上の有益性及び母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討すること」と記載されています。なお、オーストラリア分類はC、すなわち「奇形は引き起こさないものの、ヒト胎児や新生児に有害な作用を及ぼすか、及ぼすことが疑わしい薬剤。これらの作用は可逆的である場合がある」とされています。
服用後の体内での動き(薬物動態)
内服後は体内に吸収されやすく、4時間前後で最高血中濃度に達します。食物の影響は受けにくく、肝臓での初回通過効果の影響が少ないことも知られています。注意すべき点として、レクサプロに対する代謝能力は個人差が大きいことから、血液中の半減期にかなりの幅があることです。(約26~57時間)。薬物代謝酵素であるチトクローム酸化酵素P450の2C19、3A4、2D6によって、活性の弱い代謝産物(デスメチルシタロプラム;DCT)に変化します。なお、DCTはエスシタロプラムの25%程度の活性を持っており、血液中の半減期は50時間です。その後、DCTはさらに代謝されて別の物質となり、7~8割は尿中に、1割は糞便中に排出されます。なお、高齢や肝機能低下により代謝が低下するため、そのような場合は使用量を減らす必要があります。
他のお薬との相互作用
薬物代謝酵素であるチトクローム酸化酵素P450に対する阻害作用が弱いため、殆どの薬剤(抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬など)の血中濃度に明らかな影響は与えません。なお、抗精神病薬)の一種であるピモジド(薬剤名;オーラップ)との併用は心電図異常を引き起こす可能性があり禁忌とされています。