ボルチオキセチン
ボルチオキセチンは、セロトニン再取り込み阻害作用およびセロトニン受容体調節作用を持つ抗うつ薬です。日本では、トリンテリックスの薬剤名(商品名)で処方されています。
保険適応(日本)
「うつ病・うつ状態」に対して認められています。
→添付文書(トリンテリックス)
禁忌(日本)
・本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
・モノアミン酸化酵素(MAO)阻害剤(セレギリン塩酸塩、ラサギリンメシル酸塩及びサフィナミドメシル酸塩)を投与中又は投与中止後14日間以内の患者
歴史
ボルチオキセチンは、デンマークのルンドベックにより合成された抗うつ薬です。2013年に欧米で承認され、2019年4月時点において80カ国以上において承認されています。なお、日本では2019年9月に製造販売が承認されました。
作用メカニズム
神経細胞表面のセロトニントランスポーター(細胞内への取り込み装置)の働きを阻害することで、セロトニン回収を妨げ、細胞外のセロトニン濃度を上昇させます。ここまでは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と同じですが、ボルチオキセチンは、「神経細胞表面の5-HT3受容体、5-HT7受容体、5-HT1D受容体をブロックしつつ、5-HT1B受容体を部分的に刺激、5-HT1A受容体を刺激することで、セロトニン・ノルアドレナリン・ドーパミン・アセチルコリン・ヒスタミンの分泌を調整する」という非常に複雑なメカニズムを持っています。
海外における研究報告および治療薬としての使用
うつ病
日本と同様、欧米でもうつ病に対して用いられます。12の二重盲検プラセボ対照試験が実施され、そのうち9つで効果が確認されています。治療による効果が見られた割合、寛解に至った割合、CGI-Iスコア(臨床全般改善度指数)などにおいて、ボルチオキセチンの効果が確認されており、用量が増えることで、さらに効果が増強されたことも報告されています。
65歳以上の高齢のうつ病に対しても、8週間の二重盲検プラセボ対照試験が行われており、ボルチオキセチン5mg/日がプラセボよりも優れていたとする調査データがあります。老人性うつ病に対しても、少量で効果が得られることが期待されます。
再発防止効果についてもプラセボとの比較で確認されており、たとえば12週間のボルチオキセチン治療によって寛解した患者さんが、さらに24週から64週の期間中に、どれぐらい再発したかを調べたものがあります。ボルチオキセチン群の再発率は、プラセボ群の半分に過ぎない、との結果が示されています。うつ症状改善後も継続して服用することが大切です。
主な副作用(日本)
比較的頻度の高い副作用は、悪心(12.1%~15.3%)、嘔吐(2.5~5.5%)、傾眠(4.2~6.7%)です。女性の方は、「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」「授乳中の婦人には投与を避けることが望ましいが、やむを得ず投与する際には授乳を避けること」に留意する必要があります。
副作用・安全性(海外)
アメリカ食品医薬品局のデータによれば、ボルチオキセチン10mg/日で、5%以上にみられた副作用は、吐き気(26%)、口渇(7%)、下痢(7%)、めまい(6%)、便秘(5%)、嘔吐(5%)でした。これは、イギリスでも、最も多く見られる副作用(very common)は吐き気であり、しばしばみられる副作用(common)が、下痢、便秘、嘔吐、めまい、かゆみ、悪夢であることと矛盾しません。、ボルチオキセチンは、体重・脈拍数・血圧・心電図・性機能などに影響を与えないことが報告されています。
妊婦・産婦・授乳婦への投与
添付文書には、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」「治療上の有益性及び母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討すること」と記載されています。
服用後の体内での動き(薬物動態)
服用後、小腸全体で吸収されます。食事の影響は受けず、空腹でも食後でも最大血中濃度には差がみられません。服用後8時間で最高血中濃度に達し、血液中の半減期は65時間です。肝臓の薬物代謝酵素であるCYP2D6や、3A4/5、CYP2C19、CYP2C9、CYP2A6、CYP2C8、CYP2B6など複数が代謝に関与します。血液脳関門を通過するため、脳内に到達することができますし、胎盤を通過し、乳汁へも移行します。
なお、ボルチオキセチンには活性代謝物が存在しますが、脳血液関門を通過できないため、脳内ではセロトニン再取り込み阻害作用を発揮することはできません。
他のお薬との相互作用
肝臓の薬物代謝酵素であるCYP2D6により代謝されます。CYP2D6 を阻害するお薬を服用中の場合や、もともと遺伝的に CYP2D6を持たない患者さん(Poor Metabolizer)では、ボルチオキセチンの血中濃度が上昇する可能性があります。(たとえば、2D6を阻害する薬剤の代表的なものとして、SSRIであるパロキセチンなどが挙げられます。)
セロトニンの作用を増強する他の薬剤や食品(例:SSRI、SNRI、炭酸リチウム、トラマドール、トリプタン系薬剤、セイヨウオトギリソウ、セントジョーンズワート、トリプトファン含有食品など)と併行して摂取すると、セロトニン症候群を引き起こすこともあるため、注意が必要です。
併用することで出血傾向が強まる可能性がある薬剤もあり、念のため、注意が必要です。非定型抗精神病薬、フェノチアジン系抗精神病薬、三環系抗うつ薬、アスピリンなどの非ステロイド系抗炎薬、ワーファリンなどです。