パロキセチン
パロキセチンは、日本では、パキシル、パキシルCR、パロキセチンなどの薬剤名(商品名)で処方されています。アメリカで3番目に承認された選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であり、SSRIの中で最も強いセロトニン再取り込み作用を持つことで知られています。
保険適応(日本)
パキシルは、「うつ病・うつ状態、パニック障害、強迫性障害、社会不安障害、外傷後ストレス障害」に対して認められています。徐放錠であるパキシルCRは、「うつ病・うつ状態」のみに保険適応が認められています
→添付文書(パキシル)
→添付文書(パキシルCR錠)
禁忌(日本)
・本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
・モノアミン酸化酵素阻害剤を投与中あるいは投与中止後2週間以内の患者
・ピモジドを投与中の患者
歴史
1975年にデンマークで合成された後、グラクソ・スミスクライン社によって開発が進められた抗うつ薬です。1990年にイギリスで承認されて以降、多くの国でパニック障害、強迫性障害、社会不安障害などの治療薬として用いられています。日本では2000年にうつ病・うつ状態、パニック障害の治療薬として承認されました。なお、2006年には強迫性障害、2009年には社会不安障害への保険適応も追加で認められています。
作用メカニズム
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)であるパロキセチンの作用メカニズムは、神経細胞の表面にあるセロトニントランスポーターの働きを抑えることです。結果として、細胞外のセロトニンを細胞内に回収できなくなり、神経細胞と神経細胞の隙間(シナプス)に存在するセロトニンの濃度が上がります。パロキセチンの特色は、「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」であるにもかかわらず、軽度ながらもノルアドレナリンの再取り込み阻害作用を持ち合わせており、1日40mgを超えた場合に、この作用が発揮されやすくなるとの研究があります。実際の治療効果において、どのような差をもたらすのか明らかになっていませんが、私としては「SNRIとSSRIの中間的な存在」とのイメージを持ちながら、治療薬として用いています。
ドーパミンの再取り込み阻害作用はありません。ムスカリン性アセチルコリン受容体に結合して抗コリン作用をもたらす性質を弱いながらも持ち合わせています。三環系抗うつ薬ほどではないにせよ、口渇、便秘などの副作用につながる可能性があります。
海外における研究報告および治療薬としての使用
日本で認められている「うつ病・うつ状態、パニック障害、強迫性障害、社会不安障害、外傷後ストレス障害」以外に、アメリカでは全般性不安障害やPMDD(月経前不快気分障害)の治療薬としても承認されています。
うつ病
パロキセチンは、プラセボとの比較で明らかな有用性が確認されています。三環系抗うつ薬と比べて、治療効果は同等、治療中断率は三環系抗うつ薬・四環系抗うつ薬よりも低い、という点で優れているとの見解が示されています。また、他のSSRI(フルボキサミン、セルトラリンなど)と比べて同等の効果を持つことは多くの研究にて確認されています。また、ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)であるミルタザピンと治療効果と忍容性(飲み続けやすいこと)において同等であったことも報告されています。
長期服用の成績についても調べられており、中等度から重度の患者さんに対し、約1年間パロキセチンにて治療を行った結果、5割は寛解状態で安定、副作用のため3割が治療から途中脱落、2割弱は中等度以上の抑うつ症状が残ったとする報告があります。他には3年間の長期服用を行った研究もあり、優れた結果を残したようです。
老人性うつ病については、安全性が優れるとの理由から、三環系抗うつ薬よりもSSRIが用いられることが多い印象を受けますが、実際の治療脱落率については両者に差がなかったとする研究もあります。老人性うつ病は再発しやすいことが指摘されており、再発予防効果が特に重要ですが、パロキセチンはノルトリプチリン(三環系抗うつ薬)と同等の再発予防効果が確認されているように、改善後もしばらくは服用を続けることが大事です。
双極性障害におけるうつ状態
双極性障害のうつ状態に抗うつ薬を用いると、躁転することがあるため原則として使用を避けたいところですが、双極性障害の治療薬である炭酸リチウムのみでは、半数の患者さんで改善が見られないことから、実際の診療では抗うつ薬の追加を希望する患者さんも少なくありません。
たしかに、2000年前後の研究に目を向けると、炭酸リチウムとパロキセチンの併用について効果や安全策が検討されたものがいくつかありますが、ある条件下では効果があった、というレベルのものであり、少なくとも特効薬とはならないように思われます。頻度は稀であるとはいえ、両者の併用により起こりうる重大な副作用(セロトニン症候群)のリスクも含めて考えると、お勧めできないというのが正直なところです。
強迫性障害(OCD)
OCDに対してSSRIが承認されるまでの期間、アメリカではクロミプラミン(三環系抗うつ薬)が主に用いられていました。とはいえ、三環系抗うつ薬が持つ抗コリン作用、抗ヒスタミン作用、抗アドレナリン作用による副作用は服用する患者さんにとって苦痛なものであり、自然とSSRIによる治療効果に期待が集まることになります。その後の臨床試験において、パロキセチンとクロミプラミンの有効性は同等であることが確認されました。ただし、治療用量はうつ病の治療に用いる場合に比べて、多めの量が必要であり、治療効果がはっきりと現れるまで長期(12週以上)の服薬が必要とされています。副作用がみられない限り、短期間で中止しないほうが良さそうです。
パニック障害
パロキセチン投与群がプラセボ投与群よりも治療効果において優れていた、というデータは数多くあります。さらに、三環系抗うつ薬であるクロミプラミンと同等の有効性があることも示されています。また、パロキセチンのほうが早く治療効果が現れ、長期に服用した場合、クロミプラミンより脱落率が低かったという報告もあります。
認知療法がパニック障害に有効であるとする研究はいくつも存在しますが、認知療法のみよりも、パロキセチンを組み合わせたほうがより改善しやすかった、という報告もあります。パニック障害の標準治療期間は6~12ヶ月とされているものの、うつ病より再発率は高いことが知られており、より長期の治療期間が必要となる可能性があります。
社会不安障害(SAD)
アメリカで最初に認められたSAD治療薬がパロキセチンです。対照試験において明らかな改善を示した割合が、プラセボ群で24%、パロキセチン群で55%であったとの報告があります。
全般性不安障害(GAD)
生涯において全人口の3%程度でみられます。精神不安、不眠、筋緊張が持続する病気であり、7割にうつ病が合併しているとの報告もあります。うつ病を合併していないGADの患者さんに8週間のパロキセチン治療を行ったところ、プラセボよりも明らかに成績が良かったとの研究報告があります。日本では保険適応が認められていませんが、アメリカでは、パロキセチンとセルトラリンが治療薬として承認されています。
外傷後ストレス障害(PTSD)
他の精神疾患を合併していることが多く、慢性的に生活能力の低下が起こりやすいことが知られています。プラセボとの比較で明らかな症状(再体験、回避、過覚醒)の改善がみられたとの報告があります。
月経前不快気分障害(PMDD)
日本では保険適応となっていませんが、アメリカではSSRI(パロキセチン・セルトラリン)での治療が承認されています。妊娠可能年齢の女性の8%でみられ、黄体期に始まり、月経が始まると消失しますが、精神不安、情緒不安定性などが著しく、苦痛が大きい疾患です。セロトニン系の抗うつ薬が効果を示す一方、ノルアドレナリン系の抗うつ薬が効かないことから、セロトニン神経の機能異常が関与していると推察されています。
主な副作用(日本)
10%以上で認められる副作用は、傾眠(24%)、嘔気、めまいが挙げられます。
副作用・安全性(海外)
海外のデータでは、嘔気、頭痛、眠気、口渇、無力感、発汗、便秘、めまい、振戦などが比較的多く見られる副作用として挙げられています。また、徐放錠(CR錠)と速崩錠で副作用の頻度にほとんど差はありませんが、嘔気についてはCR錠のほうが少ない傾向がみられたという報告もあります。
SSRIによる性機能障害の副作用は、およそ40%に達するとの意見もあります。自発的な報告では20%に満たないものの、治療者から質問を行うと報告が増えるためです。日本では10%未満とされていますが、アメリカ同様、低く見積もられている可能性もあります。
SSRIを中止する際に、しばしば問題となる副作用として離脱症状があります。およそ10日程度続くとされる不快な症状(しびれ、めまい、耳鳴り、感覚異常など)ですが、イギリスでの販売後調査では、パロキセチン(5.1%)で多くみられ、セルトラリン(0.9%)、フルボキサミン(0.4%)では少なかった、というデータがあります。
パロキセチンなどのSSRIが自殺や暴力的行為につながるとの懸念がアメリカの一部の報道機関から報じられた時代もありますが、プラセボや他の抗うつ薬との比較を行ったところ、治療開始後に出現した希死念慮は、パロキセチンで14%、他の抗うつ薬で22%、プラセボで31%と、パロキセチン服用群で明らかに少ないとの報告があります。
妊婦・産婦・授乳婦への投与
添付文書には、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ本剤の投与を開始すること。また、本剤投与中に妊娠が判明した場合には、投与継続が治療上妥当と判断される場合以外は、投与を中止するか、代替治療を実施すること」「治療上の有益性及び母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討すること」と記載されています。なお、オーストラリア分類ではD、すなわち「ヒト胎児の奇形や不可逆的な損傷を増加させる可能性がある薬剤。詳細については付随する文書を参考にすべきである」とされています。
服用後の体内での動き(薬物動態)
消化管から吸収されますが、食事の影響をあまり受けません。約5時間後に最高血中濃度に到達します。定常状態に達するまで、早い人で4日、遅い人で14日かかります。服用後の定常状態における血液中の濃度は個人差が大きいことが知られています。パロキセチンは肝臓の薬物代謝酵素であるチトクローム酸化酵素2D6により代謝を受けますので、2D6を持っていない患者さんでは血液中の濃度が高くなります。およそ、1日かけて半分の血中濃度に下がりますが、お薬の代謝機能が低下している高齢者では若年者に比較して3倍の濃度になることがあり、少量から開始してゆっくりと増やす、という慎重な処方が必要です。肝臓や腎臓の機能が低下している場合も、血液中の濃度が高まりますので、こちらも慎重な用量設定が必要となります。
他のお薬との相互作用
パロキセチンが2D6の働きを抑制する作用を持っているため、2D6で代謝される他のお薬の血中濃度が上昇することもあります。例えば、トラゾドン、多くの抗精神病薬(ペルフェナジン、リスペリドン)、三環系抗うつ薬(アミトリプチリン、ノルトリプチリン、イミプラミン)、デキストロメトルファン(咳止め)、Ic群抗不整脈薬(プロパフェノン、フレカイニド)、ベータブロッカー(チモロール、メトプロロール)、シメチジン、アルコールなどが挙げられます。逆にパロキセチンの作用が弱まる可能性があるお薬として、フェニトイン、フェノバルビタール、カルバマゼピンなどが知られています。